2008年3月19日水曜日

御所野縄文博物館にて

3月16日の日曜日、一戸町にある御所野縄文公園の博物館へ出かけた。

インタネットで検索した14日に博物館に電話をかけて、去年の企画展で展示された漆蝋関係の道具は岩手日報の記事に出ていたものであること、現在展示は終わったがその道具類は博物館に収蔵されていることを確認した。そして土蔵を移築してもらって、現在わたしがそこに住んでいることを話し、ゆかりの道具をぜひ見たいとお願いしておいたのである。電話の向こうでは、こころよく願いを受けてもらえた。

というわけで、首尾よく16日には博物館の学芸員Yさんに案内していただいた。

この写真で右下の板に「文化九歳 申六月 賀」と記されている。新聞記事にもなった日付である。

板は五枚一組で縛られていた。それぞれに年号が記されている。たとえば左上の板には「慶応」の年号が見える。板はばらばらであるが、蝋を固める際に、その都度箱に組み立てたものらしい。

右の写真は、博物館の売店で売られていた写真資料の表紙である。中央に組み立てたものが写っている。

毎年一つの箱を新たに作っては年号を書き記したのだろうか。と思ったら、年が書かれていないのもあった。下の写真では、右下に「姉帯村」とあり、中央には大きく「穢」と書いてある。

姉帯村は土蔵のあった地域名であるからよいとして、中央の「穢」(けがれ)の文字は何だろう。文化九年の板に書かれたのは「賀」で、おめでたい文字が使われているのに、その正反対とは。まあ、いろいろな風習があるのだろうとは思うが。

話はそれるが、初めて土蔵を見に行ったときに、「姉帯」の地名表示を何と読むのか戸惑った。これは「あねたい」と読む。学芸員のYさんによれば、アイヌ語でアネは「細長い」、タイは「森」を意味するそうだ。岩手県北部にはアイヌ語に由来する地名が多く残っているようだ。

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