昆鳥庵の前身である一戸の土蔵はいつ建てられたのか。
それは明治15年12月であることがわかっている。なぜわかるかというと、大黒柱の中央部分に写真のように大きなほぞ穴が開いていて、そこに「明治十五年十二月十九日」と日付が明記されているからである。その下には「一戸大工棟梁 末太郎 富太郎 亀吉」と三人の名前がある。
大黒柱は、このほぞ穴の部分で、二階を支える大梁と結合している。だから建物全体を解体する機会でなければ、この表記は人の目に触れることがない。125年間隠されていた三人の名前は、解体後わずかな期間だけ外気に触れ、再び昆鳥庵の中心に納められた。
これを目にする次の人は誰であろうか。いつであろうか。
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