2008年3月14日金曜日

文化九年の箱

再び岩手日報の記事である。



この記事によれば、発見された漆蝋関係の箱板に「1812年(文化九年)」の古い記述があったとのことだ。

確かに、四代目が岩井沢工務所から最初に話を聞いたときは、200年近く前に建てられたものかもしれないとのことだった。この箱の発見が推測の根拠になっていたのである。

亀吉ほかの大工が土蔵を建てたのは、明治15年であるが、そのことは蔵全体を解体するまではわからなかった。時が経つにつれて土蔵を所有している一家も代が変わり、建設の年代がわからなくなって行ったのである。棟梁たちの署名がなければ永久にわからなくなっていたことであろう。記録がいかに重要な役割を果たすものかを改めて知らされた。

それにしても、文化九年の箱はどんな箱だろう。箱が作られてから土蔵が建つまでに既に60年が経っていたのだから、当時でも古い箱であったはずだ。よほど物持ちのよい人たちであったのか、よほど立派なしっかりした箱であったのか。一度は見る価値がありそうだ。

発見された品々は町に寄贈されたと記事にあるので、機会があれば見に行きたいものだとかねて思っていた。インターネットで検索をしているうちに、一戸町の御所野博物館で昨年漆関係の企画展があったこと、その中に記事に出てくる発見物が含まれていることがわかった。

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