2008年4月7日月曜日

井桁の構造

土蔵の解体は2007年3月に行われた。引き続きそのときの写真である。

建物は4間X7間の単純な長方形で、四囲の壁には写真のように、ほぼ半間の間隔で柱が立ち、それと交差する横板が井桁格子状に組まれていた。

柱は外壁に塗りこめられていたから、その様子は解体時でなければ見えない。 もっとも建物の内部では右の写真のように、縦の柱も横板も露出していたから、 どのようになっているかを理解することはできたであろうが、壁全体がこのような井桁状態であることを目にする機会はありえなかった。

昆鳥庵では、壁の柱は残してもらった。もちろん掃きだしや出入り口になったところなどは、残すことができなかったけれど、窓のサイズも柱の間隔にあわせて可能な限り残してもらった。横板はすべて取った。土蔵にはわずかな窓しかないので井桁でもかまわないけれど、住まいとなるとうまく行かない。

現在の昆鳥庵の出窓を外から見たのが左の写真である。上の解体写真の一階に幅一間の大きな出窓をふたつ作ってもらった。窓の中央には元の柱が残っている。出窓だからこれができた。

部屋の中から見ると右の写真のようになる。かつて横板が通っていた細長いホゾ穴が建物の過去を語っているかのようだ。

(御所野博物館のYさんから、鳥取環境大学の浅川教授がで姉帯の土蔵を調査された際のことがブログLablogで紹介されていると教えてもらった。ありがとうございました。)

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